2009年07月17日

祇園祭山鉾巡行、月鉾・蟷螂山

山鉾巡行の投稿はこれで最後の三回目です。

今回は、弊社刊「きょうの京都」より「祇園祭 山鉾巡行」の記述(7/17)を抜き出してみます。

(前略)扇を手にした音頭取りの「ヨーイヨーイ、ヨーイトセー」のかけ声にあわせて、曳き手が鉾につないだ縄を引っ張る。直径約二メートルの木の車輪がギシリと音をたてて動きだし、四条通を東へゆっくりとすすむ。豪華な懸想品をまとった山鉾が、つぎつぎに長刀鉾にしたがっていく。
見せ場は四条河原町、河原町御池、新町御池の角で方向転換する「辻回し」である。囃子方などを乗せて重さが十トンにもなる鉾を青竹を車輪の下に入れ、音頭取りの「ヨーイトセー、エンヤラヤー」のかけ声に、綱を引く人、車輪を押す人が満身の力を入れるとギュルギュルと音をたてながら、少し方向が変わる。また青竹を入れ直し、かけ声にあわせて、方向を変える。ようやく方向転換がすみ、お囃子が涼やかな音を奏でるなか、すすみだす。山は、神輿のように担ぎ手が轅(ながえ)をもって担いで方向転換する。(後略)


詳しくはこちらの本でどうぞ。

さて、前々回前回の投稿の続きに参ります。

河原町御池の交差点東南に陣取り次の鉾を待っているとユラユラとその大きな体を揺らして登場したのは、
月鉾
月鉾です。
数ある山鉾の中でも一際大きく、重さは上に人が乗って約12トンあるといいます。

月鉾
曳き手さんの衣裳。
写真には移っていませんが、真っ白の法被の方の背中には○に三日月が描いてあるお洒落なデザインです。

月鉾
音頭取りさん。とても格好いいです。

月鉾
もうすぐコーナーにたどり着こうとするところ。

月鉾
コーナーに到着して、車方さんが車輪に鏑をかませているところ。

音頭取りさんが音頭を取り、囃子方さんが祇園囃子を奏で、曳き手さんは引っ張り、車方さんが車輪を押して、何回かにわけて鉾が辻回し(方向転換)をします。


その最後の辻回しの様子を動画で撮りました。(また動画が横を向いていてスイマセン…)
大きな歓声と拍手が聞こえますでしょうか?

月鉾
無事西を向いた鉾はゆっくりと新町に向かって進んでいきます。
辻回しが終わった後も微妙な方向修正をしながら進むので、このあたりではユラユラぎしぎししています。

蟷螂山
次の山が来たようです。
長い間休山されていたのですが、1981年に再興された蟷螂山です。
この山、お子さんにとても人気ですが、その理由は…

蟷螂山
山の上に、カラクリ仕掛けの蟷螂(カマキリ)が鎮座しているから。
別名「カマキリ山」と呼ばれたりしています。
残念ながら今年は雨のためビニールシートに覆われてはっきりとは見せませんでした。


私が観覧したのがここまでですので、今年の山鉾巡行の投稿はこれでお終いです。
初めての辻回し見物でしたが、「来年もまた観たい!」と思いました。(7/27記)

posted by 山吹 at 19:30| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園祭山鉾巡行、函谷鉾・孟宗山・四条傘鉾・郭巨山

山鉾巡行の投稿、二回目です。


今回は、弊社刊「きょうの京都」より「祇園祭」の記述(7/1)を抜き出してみます。

(前略)この祭の起源は、貞観十一年(八九六)に京の都や日本各地に疫病が蔓延したとき、当時の国数六十六カ国にちなんで、長さ二丈(約六メートル)の鉾六十六本を神泉苑(しんせんえん)に立て厄災の除去を祈った御霊会だというが、定かではない。
「動く美術館」と称される十七日の山鉾巡行は嘉吉元年(一四四一)に創建されたという邪気を祓う長刀を屋根にいただいた長刀鉾を先頭に、山と鉾三十一基がつづく。(後略)


詳しくはこちらの本でどうぞ。


さて、前回の投稿で長刀鉾の辻回しを最初から観ることができなかったので、河原町御池の人いきれの中、鉾を待つことにしました。(その間に通った白楽天山と霰天神山を撮りそこなってしまってスイマセン)

わぁ!という歓声と共にビルの谷間から河原町を北上してきたのは
函谷鉾
函谷鉾です。
お稚児さんは、人形ですが、豪華な衣裳が目を惹きます。
この鉾は巡行順が「くじ取らず」といって、毎年五番目と決まっているので、沿道の観客は来るぞ来るぞと待ちかまえて観ています。
向こう側のビルからも見物している方がいらっしゃるのが見えますね。

函谷鉾
鉾が到着する前に、地面に竹を並べます。

函谷鉾
コーナーにたどり着きました。
ちなみに、後ろに見える堅牢な建物は京都市役所です。

函谷鉾
辻回しの様子。
ハンドルもブレーキも無いので車輪の下に青竹をひいて滑らし、あれをいれたりこれをいれたりして回っていきます。(本当にそんなかんじで忙しそう)
鉾の前に乗っている音頭取りさんも大忙し。
囃子方さんのお囃子も最高潮といったかんじで応援します。

函谷鉾
三回ほどで角度を変えて、無事鉾が西を向きました。
ここで、激しいテンポだったお囃子が、ゆったりしたテンポに変わります。
これより新町を目指します。


一息つく暇もなく、
孟宗山
次の孟宗山が前に出てきていました。
曳き手さんの格好が山や鉾によって違うのがわかりますか?


四条傘鉾
四条傘鉾の囃子方さんたちです。
子どもさんの衣裳が極彩色。
上に乗ることが出来ない山の囃子方さんは、こうやって山の先頭に立って祇園囃子を奏でられます。

郭巨山
郭巨山(かっきょやま)のアップです。
山には珍しく、屋根が付いています。


今回の投稿はここでストップします。
山鉾巡行の投稿は後一回続く予定です。(7/23記)
posted by 山吹 at 19:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祇園祭山鉾巡行、長刀鉾・芦刈山

遂に祇園祭のハイライトと言われる山鉾巡行の日になりました。


弊社刊「古都の言の葉」から山鉾巡行を抜き出してみます。

(前略)午前九時、疫病邪悪をはらう長刀を立て、生き稚児を乗せた長刀鉾を先頭に、各山鉾が四条通を東行しはじめ、鉾が勇壮な辻回しをおこないながら、順列して市中を巡行するのである(コースは四条通、瓦町通、御池通、新町通)。通りの両脇には見物客が爪先立ちして眺めている。(後略)

詳しくはこちらの本でどうぞ。


やはり勇壮な辻回しがみてみたい!ということで、10時頃会社を抜け出して、紫紅社に一番近い河原町御池の交差点に観に行きました。

長刀鉾
ちょうど長刀鉾(先頭)が最後の辻回しをして御池通に方向を変えたところを観ることが出来ました。

長刀鉾
アップ。囃子方さんたちは地上から5メートル以上という高いところで、ずっと祇園囃子を奏でてられます。

長刀鉾
上に乗ってられるのは屋根方さん。電柱や電線をよける役割の方たちで、四人乗っておられます。御神体の上に本来は人間が乗ってはいけないので、巡行中は「鳥」とみなされているそうです。
屋根は地上から8メートルあるそう!


長刀鉾
まっすぐにしか進めない鉾は、角を曲がるときに、青竹を敷いてそれに水をかけその上を車輪を滑らせながら回転させていきます。
みしみしと音をたてゆらゆらと上体を揺らしながら三回ぐらいにわけて回転するのですが、観客もハラハラドキドキしながら観ている分、曲がった時には「おおお」という歓声と拍手がわきあがります。



ちょっと動画が横に傾いていて申し訳ないのですが…河原町御池東側から、西へ行く長刀鉾を撮りました。
雰囲気だけは味わって貰えますでしょうか?


長刀鉾が辻回しを終えると、後ろで待っていた次の山が来ます。
(しばしば山鉾渋滞が起こったりしています)


芦刈山
芦刈山です。御神体は人形。小袖は16世紀作と言われているそうです。
辻回しは、持ち上げるといったかんじで曲がっていきました。


あといくつか観てきましたので、今回は投稿を何回かにわけます。

posted by 山吹 at 18:22| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

祇園祭宵山、日和神楽

さて山鉾巡行を明日に迎えた宵山の今日も町に繰り出してみました。
町の至る所からお囃子の音色が聞こえてきます。

弊社刊「古都の言の葉」、夏のキーワード「宵山」の記述を少し抜き出します。

(前略)灯の入った駒形提灯、鉾のうえからお囃(はや)し衆が奏でる「コンチキチン」の祇園囃子。山鉾町の通りは大勢の人出で埋まり身動きがとれない。(中略)
「南北の夜(よ)の通風(つうふう)に祇園囃子」
「洛中のいづこにゐても祇園囃子」
はいずれも山口誓子の句。


詳しくはこちらの本でどうぞ!

家に帰っても祇園囃子の音色が頭に残って、空調の音もお囃子に聞こえてしまいますわーい(嬉しい顔)


函谷鉾
四条烏丸を少し西へ入った所に立っている函谷鉾(かんこほこ)です。
四条通はもちろん歩行者天国。自動車と同じ左側通行で道を歩きます。
(細かい道は祇園祭の期間中歩行者も一方通行の道があります)
道の向こう側へ渡るのにも一苦労の人出です。


うろうろと買い食いをしつつ、午後11時過ぎに目的の南観音山に到着。
目的は、「あばれ観音」だったのですが…なんと五分ほど遅かったようで、あばれている姿を見ることが出来ず残念でした。

「あばれ観音」につきましては、弊社刊「きょうの京都」、七月十六日の記述がありますので抜き出します。

(前略)午後十一時過ぎから南観音山では御神体の楊柳観音を布で台座に縛り、浴衣姿の若衆約三十人が「わっしょい、わっしょい」と大きな声をかけながら百足屋(むかでや)町(新町通錦小路から蛸薬師まで)を三周駆け抜ける「あばれ観音」がはじまる。折り返しのところで、台座を上下に激しくゆすって「あばれ」させるため、この名でよばれるが、そのはじまりは不明という。(後略)

詳しくはこちらの本でどうぞ!

あばれ観音を見ることは出来なかったのですが、新町通を上がると、
日和神楽
北観音山の日和神楽(ひよりかぐら)がちょうど帰ってきた所を見ることが出来ました。

日和神楽についても「きょうの京都」に記述がありますので抜き出します。

(前略)午後十一時ころ、明日の山鉾巡行の晴天を祈って、鉾町の囃子方により「日和神楽」がおこなわれる。各山鉾町から祇園囃子を奏でながら、四条寺町の御旅所まで練り、お祓いをうけてお囃子を奉納し、山鉾町までまたお囃子を奏でながら帰る。

詳しくはこちらの本でどうぞ!



山の横に帰ってきての最後の演奏を動画で撮ってみました。
普段のゆっくりした演奏とはうってかわって激しいスピードです。
(ふつうの演奏も撮っていたのですが…まっくらで何かわからない状態だったのでこれだけでお許しを…)

明日は晴れるといいですね!
posted by 山吹 at 23:00| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月15日

祇園祭宵々山

仕事帰り宵々山へ出掛けてみました。
何を見ようとは考えずそぞろ歩きです。


yoiyoi2.jpg宵々山
行った頃には既に提灯に灯りがともっていました。

宵々山
山鉾の中には、ちまきを購入したり入場料を支払うと、上へ昇らせて貰うことが出来るところがあります。


宵々山
烏丸通りより、南を望む。
鉾の提灯とロウソクに似た京都タワー(本来は灯台をイメージしているそう)の光の競演。

弁慶と牛若丸
橋弁慶山の弁慶と牛若丸。


yoiyoi9.jpg
14日から16日までは、個人宅や会社などが所蔵する美術品を展示して、一般の人でも見ることが出来るようにしてくれています。
これを「屏風祭」と呼んでいます。
弊社刊「きょうの京都」からこの「屏風祭」について、七月十四日の記述から抜き出してみます。

祇園祭は、「町衆の町衆による町衆のための」祭といわれる。千百年の歴史のなかで、幾多の戦乱で中断するが、つねに町衆の力で復興してきた。しだいに町衆が財力を貯えてくると、山鉾を飾る懸想品は豪華になり、美術品を所有する町衆も増えた。
「屏風祭」は、そのような町衆が、祇園祭のときに秘蔵する屏風や絵画、染織品といった美術品を飾り、親戚や知人を招いて披露したことにはじまる。(後略)

詳しくはこちらの本でどうぞ!

そんなお宝を、写真におさめてきました。
沢山あるので、下の「続きをよむ」よりご覧ください。

続きを読む
posted by 山吹 at 23:30| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | きょうの京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする